最愛のお母さんです。

母親を看取る。いつかはこの日が来ると、心のどこかで思ってるものです。

でも本当に亡くなると、そう簡単に信じられるはずもありません。

 

 

どんなに話しかけても、泣き叫んでも、

こたえてくれない。

あんなに元気だったのに、

目を開けてよ、いっしょにお話しをしようよ。

 

家族と少しでも長くいられるように頑張ってこられたのでしょうが、

すべてを託されて、一足先に旅立たれたわけです。

 

あの世で迷子にならないようにね。

持たせた六文銭は三途の川をわたる時に使うから、大事に持っておくんだよ。

さいごは何も食べずにいっちゃったから、途中でご飯も食べてね・・・。

 

お母さんは生き続ける

思えばお母さんからいただいたご恩、たくさん有ると思います。

優しさや厳しさ、愛情をたっぷり注いでくれました。

 

子供さんを大切に思い、自分の命にかえてでも守りたいと思い、一生懸命育ててくれたのでしょう。

 

きっと天国から見守ってくれていると思います。

 

お空とか、宇宙とか。

天国はどこにあるのかとよーく考えてみると、

 

自分の心の中にあると気づくわけです。

 

お腹の中にいるときからずっと気にかけてくれていた。

だからお母さんは自分の心にまじっています。

 

今度は自分の番。

お母さんがしていたように振る舞い、

同じようにまわりにしてあげる。

そうすればお母さんは生き続けることになるはずです。

 

まさかと思われるなら、鏡を見てみましょう。

お母さんと似ているところ、ありませんか?

 

お母さんの分まで

もし、早く逝ってしまわれたなら、お母さんの分まで長く生きて、

長寿で亡くなられたなら、その年齢を目標にがんばる。

 

やっぱりその歳になってみて、はじめて分かる部分も多いですから。

なんでこんな簡単なことが分からなかったんだろう。

私成長したかも、

 

生きているときっとあると思います。

 

お母さんが見てきた世界とか、心の成長していく過程とかを、子供としては、実際に自分も経験してみることが大切です。

だから、亡くなるのはなるべく順番通りがいいのです。

元気で育ってくれたのは、お母さんの何よりもの誇りでしょう。

 

仲直り

それと、どんなに生前に仲が悪くたって、喧嘩ばかりしていたって、

帳消しにしましょう。

 

亡くなられると、いい時の思い出しかあまり浮かばないはずです。

感情的なものはすべて持っていけません。相手は仏さまになられるのですから。

 

そういう怒ったり根に持ったりする心は、たいていの場合、

仏様のお導きのなかで放下させられるのです。

 

貪瞋痴の三毒といいますが、仏の世界には不必要だから持っていけないのです。

捨てないといけない。

 

こちらとしても、相手が仏になられたわけですから、

当たり前ですが、歯向かったりとか、むきになる必要もなくなるはずです。

 

後悔はそのままにしない

もし、お母さんを失って、なんであんなことしちゃったんだろう、とか、

後悔がわいてくるなら、

それも一つの仏さまからのお導きなわけですから、ほったらかしにしないで、

お墓参りとか、仏壇参りとかね、積極的にしてみられてはいかがでしょう。

 

別にこの日じゃなきゃいけないというわけではありませんが、

仏さまの世界へつながる日といえば、

毎月やってくる月命日などでしょうか。

 

それに、春秋のお彼岸やお盆などです。

 

お線香を一本上げるだけでもいい。

お菓子を一つそっと供えるだけでもいい。

 

仏さまと正面から向き合うことで気づくことはたくさんあると思います。

ぜひ習慣にとりいれてみてください。

お母さんの御霊を心から供養してみてください。

 

泣いて悲しんでも、

ごめんねと悔やんでもいいのです。

 

仏様はちゃんと見てくださっています。

今の気持ちを手向けましょう。

 

ありがとうとお受け取りになられると思います。

 

 

光陰矢の如し、時の流れはとっても早いです。

 

生活のなかに供養の時間をそえて、お母さんと共に歩みましょう。