お寺との関係にもよりますが、

法事はしてもいいですし、しなくてもいい、

つまり、どちらでも大丈夫だと思います。

 

仏教は寛容ですから、

信心深くなくても、

周りがやってるからうちもやろうか、と、

いわゆる通過儀礼として法事を行おうと思われた場合でも、

きちんとすれば、故人へ功徳は回向されます。

 

もし、ほんの少しでも故人のために法事をしてあげたいな、

というお気持ちがあるのでしたら、行われて見られてはいかがでしょう。

 

お付き合いのあるお寺がなければ、霊園や葬儀社などでお坊さんを紹介してもらえるはずです。

 

最近はネットで依頼して、その場だけのお付き合いができる僧侶派遣サービスもあるので、お坊さんとのお付き合いも簡単になってきています。

 

無信心でもしたほうがいい?

自分は信心深くないから。そんな方もおられますよね。

信仰心は人それぞれです。

 

世代によっても、法事に対する考え方は異なったりします。

供養や信仰に対する捉え方は、

年を取るとともに変わっていくものです。

 

そのため、法事をするしないで、親子などで意見が合わない場合もあるかもしれません。

 

法事をしない理由

法事をしない理由は色々とあると思います。

 

法事は準備が大変でしょう。

ある程度の労力や行動力が必要です。

 

お寺が遠い、

忙しい、

休みが取れない、などの理由もあるでしょう。

 

それに和尚さんにお読経していただくのに、お布施、つまり費用も掛かるわけです。

それ以外にも、会食や供物などの経費がある程度必要になります。

 

そうまでしてやらなくても大丈夫、

命日に墓参りをして、やったことにしようよ、と思われるかもしれません。

 

法事をする理由

でも、それがお金には代えられない、ありがたみと言いましょうか、

故人のために、してあげたいというお気持ちもあるでしょう。

 

親の法事くらいしてあげないとまずい、

法事をしてあげようよ、などです。

 

お寺で拝んでもらえば、安心もできます。

 

特に、ご年配の方は人生経験も豊富で、

すべてを経験されたうえで、行きついた先が、

その仏教への信仰とか、故人を敬う気持ちなどに至られている場合が多いです。

 

 

仏教などの宗教は、長い歴史の中でも変わらない教えが残っています。

今も昔も変わらない、

人がおおよその人生経験をしてきたうえで、

誰もが感じる、悩みや悲しみとか、

そういった類の苦を和らげたり、救われたりする普遍の教えです。

 

ですから、若いころは関心がなくても、ご年配になるとお寺などへ興味を持たれる方が多いのです。

 

血縁は家族だけじゃない

家族で法事はしなくていいと思われても、

親戚が関係してくる場合もあります。

 

法事に立ち会うことで、当人と関係が深い親戚としては、その場にいられた、見届けたというだけで安心できるものです。

 

法事をするのが当然と思われている、親戚からしてみれば、

法事に出席できないなんて、寂しい世の中になったね。

こんな事では、故人がかわいそうで、自分の気持ちのやり場にも困ると感じてしまわれるわけです。

 

次回は呼んでね

親戚との付き合いの程度によっては、

親戚から、なんで法事をしなかったの?とご指摘を受け、

次の法事の当たり年に、親戚をお呼びして法事を行うことになる、という場合もあるようです。

 

法事はしないといけない?

このように、法事をするしないは、家族だけにとどまらず、親戚も関係してきてしまう問題です。

 

法事はしないといけないのか。

 

どちらでも大丈夫ですが、

その答えはご家庭によって異なると思います。

 

家族間でよく話し合って決めるようにしましょう。