親が用意してくれていたお墓が、子供にとって適当でないことがあります。

お墓が遠くて簡単にお参りできない、高台で不便など。

そんなとき、子供たちの勝手でお墓を新しく買いなおしていいものなのか、悩んでしまいますね。

 

親が一生懸命はたらいて残してくれたお墓です。

もちろん親はこの墓に入ると思っていたわけです。

 

それなのにお墓を変更するというのは、親の気持ちを裏切るようで、どこか心が痛むでしょう。

 

お墓はなんのためにある?

お墓というのは、何のためにあるのでしょう?

 

遺骨を埋葬して、家族や親類などがお参りするためですよね。

ですからお墓を買い替えることでお墓参りがしやすくなるなら、お墓を改葬するのも一つだと思います。

 

お墓のことを墓石と言いますね。それを仏教では仏石と言うことがあります。

仏さまが墓石に宿られているからそう呼ぶのです。

 

六感の鋭い方はこういいますよ。墓地はあたたかいって。

 

お墓って怖いイメージはありませんか?幽霊とか、火の玉など。

 

ですが、成仏された魂が宿られる墓石はあたたかみがあるのです。

 

故人と縁を頂いて生きてる人間が、お墓参りをして、故人の遺志を確認したり、安らかになってねと願ったりします。

お花を立てたり、お水を供えたり。

 

「あら、きれいなお花供えてもらって、お父さんは幸せ者ね」

「これチョコレート。甘いのが好きだったから」

「お酒はせっかくだから、まわりにまいちゃおうか」

 

などと話しながら。

仏さまは、ありがたいねぇと、そんなごく自然な供養をとても喜ばれるのです。

 

 

そのような墓参を繰り返すうちに、自分と仏さまとの心の距離は縮まりますね。

おかげをいただくというのでしょうか。

 

ご利益とはまた違いますが、心が安らかになるので、生きる勇気が湧いてくるのです。

 

ですから、あまりお墓参りできないままでいるくらいなら、

お父さんお母さんせっかくだけどごめん!

と心に決めて、お墓を新しくすることも一つではないでしょうか。

 

今があることを感謝する

お墓参りするたびに、時間が経過しているので、

自分が少しだけ歳をとって、ちょっとだけ環境が変わって。

 

その時々で、自分は変わっているのですが、いま、自分がこうしてなんとか健康で生きていられている。

 

仏さまやご先祖さまのおかげですと感謝する。

 

その間の出来事などを話しかけたりして、ご報告もするでしょう。

何にも返事はなくても、悩みや願いや、

いろいろなことを話しかけたり、心に思いながら、

お花を供えて、水をかけて、線香を焚いて、手を合わせる。

 

合掌をしたときに手が少しあたたかく感じられたことはありませんか?

 

そのぬくもりは、どこからきているのでしょう?

 

両親ですね。

 

両親からいただいた命を生きているのです。

 

こんなにありがたいことはありません。

 

 

まるで自分だけが尊いみたいですけれど、すべては自分があるからこうして全てがあるのです。

 

まずは自分を大切にしないといけません。

健康に気を付けて、なにごともあんまり無理をせずに。ほどほどに。

 

それでようやく人のことを大切にできるのだと思います。

 

両親や連れ合いや子供や孫。

 

自分を大切にできると、家族のことも大切にできますね。

 

家族を大切にできると、

友人や会社とか学校の人、近所の人や、

その辺をすれ違う知らない人などもだいじに思えるようになります。

 

それはなぜでしょう?

 

仏さまから慈しみのこころを無意識に教わっているからではないでしょうか。

 

自分を大切にして、同じように自分以外のことも大切にする。

それが人の生きる道なんだよ、と教えてくださっているのではないでしょうか。

 

思いやりや、優しさを持ちなさい。

それでちゃんと行動しなさい、と。

困っている人がいれば、助けてあげなさい。けっして見て見ぬ振りなんてしてはいけませんよ。と。

 

お墓参りで、手のひらを合わせると、

仏さまと心が一つにそろって、そのようなことを教わることができるのです。

 

たかが、お墓参り。

ですが生きている人間はそこから大切なことを学んでいるのですね。

 

お墓はお参りをするためにある。

とはそういう理由からです。

 

時代も変わり、お墓も色々です。

海洋散骨や樹木葬など、風変りと思われていた埋葬方法も受け入れられる時代ですけれど。

 

もしお墓でお悩みなら、お参りがしやすければそれに越したことはないということ。

 

何かのご参考していただければ嬉しいです。